2018年07月02日

ハイドパークミニ常設展…2018.7.1から

入間市の文化遺産をいかす会では、ジョンソン基地時代のことを記憶遺産と捉えて、資料を掘り起こし平成28年度に「あのころ入間にはアメリカがあった」を作成しました。
このまとめは、現時点で収集した資料を基に「あのころ」の一断片を記したにすぎません。
しかし、現在私たちの住む基地周辺のまちの形ができていく過程は、ジョンソン基地の時代に出来上がっていったものであることが良く分かります。
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この度、稲荷山公園管理事務所のご協力により、その玄関ホールに展示用のボード2枚を設置いただきました。
このボードに、今までのまとめやそれ以降に収集した写真や資料などを展示し、「あのころ」という時代のあったことを再確認していく試みとして常設展を7月1日より始めました。
毎月はじめを目途に、展示内容は変えていく予定です。旧展示物は、クリアファイルにて閲覧可能です。
稲荷山公園散策の際にはぜひお立ち寄りください。
また、当時の写真や資料をお持ちの方はお知らせいただければ幸いです。

【場所】稲荷山公園管理事務所・玄関ホール   入場無料
【展示】常設展示 毎月はじめに展示更新
【問合せ】入間市の文化遺産をいかす会(担当:宮越) 04-2966-6609

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回数展示テーマ
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 空中写真で見るJABと町の変遷
敗戦直後、米国を主力とした進駐軍が日本の各地に展開しました。陸軍航空士官学校のあったこの町にもアメリカ軍が進駐し、そのことが現在の町の骨格をつくっていくことになりました。
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 8 ジョンソン基地内の様子
戦後10数年の基地内の施設や生活の様子などを紹介するブックレット“Welcome to Johnson Air Base” から、彼らの生活の様子を垣間見ることが出来ます。
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 航士校と破れた星条旗
73年前の昭和20年9月26日、陸軍航空士官学校の修武台記念碑のあった場所に星条旗が掲揚されます。
これは、昭和16年12月8日(日本時間)に真珠湾ヒッカム空軍基地で爆煙をあびた星条旗でした。
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 10
 戦後10年のジョンソン基地
戦後10年にあたる昭和30年11月に「カメラ基地に入る」のタイトルで毎日グラフの誌上でジョンソン基地の内外の様子を伝えるルポがありました。すでに進駐軍から米国の駐留軍に変わっています。
    
posted by 文化遺産をいかす会 at 22:19 | Comment(0) | ハイドパークミニ常設展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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